国民皆保険の日本では、高齢者の医療費自己負担額は抑えられていますが、超高齢社会を迎える日本においては、今後も医療制度を維持できるかどうかは不透明です。
現役世代が老後資金の形成を考える上では、日本が直面せざるを得ない今後の高齢者医療費の急増については避けて通れません。
高齢者医療費の増大による社会保障費増額は重く、団塊世代が後期高齢者入りする「2025年問題」は、現役世代の負担をよりいっそう重くすることは避けられない見通しです。
この記事では、日本の高齢者医療費の現状について解説した上で、今後の超高齢化社会に向けた医療費問題について解説していきます。
高齢者の医療費問題は老後資金を考える上で避けては通れない
近年、老後資金の形成やリタイアメントプランニングについてFPに相談される方は増加傾向にあります。
老後資金の形成は、住宅の取得と子どもの教育費と並ぶ人生3大支出となっており、住宅費と教育費が一段落してから取り組む最後のお金の課題とも言えます。
特に、日本人の平均寿命は年々上昇しており、2021年時点では、男性が81.47歳、女性が87.57歳となっています。
ただ、老後資金の形成においては、平均寿命に加えて、健康寿命についても考えておかなければいけません。
健康寿命とは、「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」のことを指します。
日本人の健康寿命も年々上昇しており、令和元年においては男性の健康寿命は72.68歳、女性の健康寿命は75.38歳となっています。
ただ、問題になるのが、平均寿命と健康寿命とでは差があるということです。
平均寿命(令和元年) |
健康寿命(令和元年) |
平均寿命と健康寿命の差 |
|
日本人男性 |
81.41歳 |
72.68歳 |
8.73歳 |
日本人女性 |
87.45歳 |
75.38歳 |
12.07歳 |
健康寿命から平均寿命までの期間には医療費と介護費が増大するため、老後資金はこの期間を見据えて形成する必要があります。
高齢者の医療費制度は1~2割負担と高額療養費制度の2本柱
高齢者の医療費について、具体的な制度や数字の面で見ていきましょう。
日本の高齢者の定義では、75歳以上を「後期高齢者」としていますが、ほぼ健康寿命に差し掛かる後期高齢者になると、医療費や増大することが数字の上でも現れています。
厚生労働省の資料によると、平成30年度における後期高齢者の1人当たり医療費は94.2万円となっており、これは後期高齢者以外の1人当たり医療費22.2万円の4.2倍となっています。
※出典:厚生労働省
ただ、後期高齢者が負担する医療費は大きく抑えられており、実質的には1~2割程度の負担額に収まっています。
後期高齢者の医療費の自己負担が大きく抑えられる背景には、高齢者の自己負担割合が1~2割と低いことと、高額療養費制度という2本柱があることが挙げられます。
高齢者の医療費負担は1~2割
後期高齢者が加入する国民健康保険においては、75歳以上の後期高齢者の自己負担額は原則1割となっています(現役並み所得者は3割負担)。
このため、後期高齢者の1人当たり医療費が94.2万円としても、実質的な自己負担額は1割程度に済むため、年金収入でも賄える額になっていると言えます。
ただ、令和4年(2022年)10月1日からは、一定以上所得がある後期高齢者の医療費負担額が2割に引き上げられることになりました。
後期高齢者の1人当たり医療費が94.2万円として、2割負担と考えると大きな負担になると思われますが、過度の負担にならないように高額療養費制度も用意されています。
高額療養費制度とは
高額療養費制度とは、1ヶ月に支払う医療費が自己負担限度額を超えた場合に、その超過分が払い戻される制度のことです。
例えば、後期高齢者の一般所得者の場合、1ヶ月にどれだけ医療費が発生したとしても、個人では月18,000円(年間14.4万円)、世帯では月57,600円が自己負担の上限となります。
※出典:厚生労働省
令和4年(2022年)10月1日から、一定以上所得がある後期高齢者の医療費負担額が2割に引き上げられましたが、高額療養費制度という上限があるため、そこまで大きな自己負担にはならないように設定されているということです。
ただ、70歳以上の高額療養費制度については、平成29年8月から段階的に見直しが行われており、現役並み所得者などでは今後も上限が引き上げられる可能性があります。
日本の高齢者医療は手厚い一方で、持続可能性が危ぶまれている
日本の高齢者の医療費は、1~2割負担と高額療養費の2本柱により、高齢者の自己負担額は年金収入で賄える程度の額に押さえられています。
ただ、高齢者に手厚い日本の医療制度は、今後も維持できるかどうかは不透明です。
日本の高齢者医療の持続可能性が危ぶまれている最たる要因は、急激な少子高齢化社会の進展にあります。
日本の高齢化率は今後も上昇を続けることは確実となっており、2025年には人口ボリュームが多い団塊の世代が後期高齢者入りする「2025年問題」が懸念されています。
後期高齢者の増加にともなって、日本の社会保障費は増加の一途を辿っており、現役世代は給料から社会保障費が引かれて手取りが減少していることが社会問題の一つとなりつつあるのが現状です。
ネット上の一部では、現役世代の若者を中心に、手厚い高齢者医療を「サブスク医療」と呼び、高齢者の医療負担を3割にするなどの改革を訴える動きも出てきつつあります。
もちろん高齢者は誰も悪くはないのですが、高齢者医療費の増大を受けて、社会保障費による現役世代の負担が重くなっていることは現実的な問題であり、日本の高齢者医療に改革が必要なことは避けられない情勢です。
少なくとも、現在の現役世代は、今ほど手厚い高齢者医療制度を受けられる見通しをすることは現実的ではないと思われます。
高齢者医療費問題への対策
現役世代が高齢者になった際に負担額の増加が避けられない高齢者医療費問題に備えてすべき対策について見ていきましょう。
できるだけ長く現役で働くようにする。
現在の高齢者は、年金・医療・介護のそれぞれで手厚い制度を受けられますが、今から老後資金の形成を行う現役世代の時代には、制度の劣化は避けられないと考えるのが現実的です。
現在、企業にも70歳まで雇用するよう努力義務が課せられていますが、健康寿命までは少なくとも働いて老後資金を手厚くすることは、高齢者医療費問題への対策にもなります。
近年は、働き方改革で副業や個人ビジネスが推奨され、学び直しのリスキリングも推奨されているなど、本業やフリーランスでの副業を問わず、できるだけ長く働くようにすることは「人生100年時代」の基本戦略となるものと思われます。
消費コストを抑えた生活を心掛ける。
2019年、金融庁は老後資金に2,000万円が必要とする、いわゆる「年金2,000万円問題」を発表して話題となりました。
ただ、老後資金については、想定する生活費を過大に見積もって、過度の不安を煽る情報も少なくありません。
現役時代から、無駄なコストを削減して消費コストが小さい生活をする習慣を身に付けておけば、老後に必要な資金も減ってくる効果が期待されます。
生活をデジタル化してコストを抑える、格安スマホを使って通信費を抑える、キャッシュレス決済を使ってポイントを利用するなど、生活への満足度を下げずに生活コストを下げる取り組みは、老後に安心した生活を送るためにも有効です。
NISAやiDeCoなどの制度を使って、若い内から資産形成をしておく
現在、国は、非課税で投資ができるNISAやiDeCoといった投資制度を拡充しており、老後資金の形成に役立てるように推奨しています。
投資は難しいと感じるかもしれませんが、米国株インデックスや世界株インデックスなどは、低リスクで年率3~5%程度のリターンが期待できる方法として広まっています。
もちろん投資にはリスクがあるため、全財産をNISA・iDeCoにつぎ込むような行動は推奨できませんが、貯金を積み立てる感覚で老後資金に向けた資産運用を始めてみるのもアリではないでしょうか?
老後資金の形成は高齢者医療費問題に備えて行うようにしよう
この記事では、日本の高齢者医療費の現状について解説した上で、今後の超高齢化社会に向けた医療費問題について解説してきました。
日本の高齢者医療費は、医療費負担額が1~2割となり、高額療養費制度により自己負担上限が抑えられているため、年金収入で賄える手厚い状態となっています。
ただ、高齢者医療費は一部2割負担になり、高額療養費制度も見直しが進んでいるなど、急激な少子高齢化により持続可能性が危ぶまれつつあります。
2025年には人口ボリュームが多い団塊世代が後期高齢者入りするなど、今後、社会保障費の増大は避けられないことから、高齢者医療への改革圧力が強まることは不可避の状況です。
現役世代は、現在の高齢者ほどの手厚い保護は受けられないことを想定した上で、老後資金の形成を行うようにしていくようにしましょう。