物価の著しい上昇、長期にわたる賃金の停滞、少子高齢に伴う年金問題……。
先行きが見通せない日本において、老後資金の不安を抱える人は少なくありません。
特にニュースでも大きく取り沙汰された『老後資金2000万円問題』は、多くの人の心を揺さぶりました。
しかしあまりに大きな金額だからこそどこか現実離れしているように感じられて、または日々に忙殺されて、具体的な対策に取り組めていないのではないでしょうか。
「まあ、なんとかなるだろう」
そのような感覚でいるのなら、とても危険かもしれません。今、すでに多くの高齢者が老後資金の工面に悩んでいます。
自分たちが老後を迎えたとき、今よりも経済状況が大きく改善しているかはまったく読めません。
現実的な対策を考えるためにも、ここで改めて老後資金の重要性を押さえましょう。
老後資金の重要性と対策
『老後資金2000万円問題』を皮切りに老後資金の重要性が特に叫ばれるようになった現代ですが、多くの人は「なんとなく」でしか問題を認識していないでしょう。
ここでは2,000万円の根拠についても触れるとともに、現代日本の深刻な老後資金問題を分かりやすく解説します。
すでに多くの高齢者が毎月赤字の現実
金融庁が令和元年に公開した「金融審議会市場ワーキング・グループ報告書」によると、現代における高齢夫婦(無職世帯)の平均的なモデルでは、毎月約5万円の赤字が出るとされています。
多くの世帯が年金給付だけでは生活をまかないきれず、貯蓄を切り崩していかなくてはいけない時代であるという訳です。
月5万円の赤字が65歳から継続した場合、20年後の85歳時点で約1,300万円、30年後の95歳時点で約2,000万円の赤字となる……これこそが『老後資金2000万円問題』の根拠です。
こちらの計算はあくまで平均的な収入や支出を基にしたモデルを用いているため、実際の赤字額は世帯によって減ることも増えることもあるでしょう。
しかしこの計算に使用されたデータには、介護サービスの利用料やマイホームのリフォーム費用といった、世帯によって大きく変わる支出データが含まれていません。
人生100年時代と呼ばれる現代ではありますが、平均寿命が延びた分だけ健康寿命との差が生まれ、多くの人がなんらかの介護を受けるのが一般的な時代です。
「2,000万円を上回る老後資金の貯蓄が必要になる世帯も多い」と考えるのが無難でしょう。
参照:金融庁 金融審議会市場ワーキング・グループ報告書(令和元年)
今後はより深刻になると予想される
2,000万円は、金融庁が情報を発表した令和元年において必要とされる老後資金額です。
近年の著しい物価上昇やその背景を考えると、今後はさらに必要な金額が増えると予想されます。
しかも日本では長期にわたって景気が停滞しており、以下のような問題を抱えています。
- 収入の伸び悩み(実質的な価値としてはむしろ収入減の傾向)
- 退職金制度の導入企業が減少、金額もピーク時に比べると約3~4割減少
このような環境下でまとまった金額を貯蓄することは、決して簡単ではありません。
しかも長引く超低金利政策により、「預金で資産運用ができる」時代ではなくなってしまいました。
日本は資産運用に関する教育がほかの先進国に比べて大きく遅れており、預金以外の資産運用に消極的な方も多いでしょう。
しかし世間がそうだからといって自分も一般的であることに甘んじていては、いずれ後悔する日がやってくるかもしれません。
資産運用は、長い時間をかけるほどリスクを抑えつつ、多くの利益を得やすくなります。
むしろ貯蓄の少ない方や、勉強や運用に時間をかけられない方ほどなるべく早くに資産運用を始めることが、老後資金準備の要です。
参照:金融庁 金融審議会市場ワーキング・グループ報告書(令和元年)
老後資金はいくら必要?正しい見積もり方法と必要額の算出法
ここでは、いくつかの統計をさらに噛み砕くことで、「自分にとって必要な老後資金の具体的な見積もり方」を解説します。
具体的な見積もりができるようになれば、対策も立てやすくなり、将来に対する不安も払拭しやすくなるでしょう。
老後に必要な生活費、医療費、介護費
65歳以降にかかる生活費、医療費、介護費の目安をそれぞれ見ていきましょう。
生活費
こちらは総務省発表の「家計調査(2022年度)」から、二人以上世帯の平均消費支出額をまとめた表です。
年齢区分 |
1か月あたりの平均消費支出額 |
~34歳 |
258,471円 |
35~39歳 |
277,788円 |
40~44歳 |
306,598円 |
45~49歳 |
333,195円 |
50~54歳 |
367,076円 |
55~59歳 |
352,056円 |
60~64歳 |
311,478円 |
65~69歳 |
289,003円 |
70~74歳 |
254,815円 |
75~79歳 |
237,366円 |
80~84歳 |
220,059円 |
85歳~ |
207,772円 |
こちらの平均から単純計算すると、65歳から85歳までにかかる生活費総額は約6,250万円です。
しかし統計はあくまで統計でしかないため、より自分の生活に合わせた目安を知るためには、まず現在の消費支出額を把握しましょう。
支出額の項目として利用するのは、食費や水道・光熱費といった一般的に生活費と呼ばれるものでも構いませんが、可能であれば統計に合わせて以下の月平均支出額を求めてみてください。
- 食費
- 住居費(家賃、地代など)
- 水道・光熱費
- 家具・家事用品費(一般家具のほか家事用途の消耗品など)
- 洋服費
- 保険医療費(診察代や医薬品購入代など)
- 交通費
- 通信費
- 教育費(授業料、教材代など)
- 教養娯楽費(書籍代、習いごと代、旅行費など)
- そのほか(理美容サービスや用品、嗜好品代、交際費など)
月平均支出額が算出できたのなら、自分の年齢区分における平均で割りましょう。
このときに出た割合を65歳以降の月平均支出額にかければ、その世帯ならではのおおよその目安を導き出せます。
例)世帯主が35歳、自世帯の月平均支出額が25万円の場合
- 250,000÷277,788=0.899……(※同世代平均と比較すると約90%)
- 65~69歳の月平均支出額目安は……約260,102円(289,003×0.9=260,102.7)
- 70~74歳の月平均支出額目安は……約229,333円(254,815×0.9=229,333.5)
- 75~79歳の月平均支出額目安は……約213,629円(237,366×0.9=213,629.4)
- 80~84歳の月平均支出額目安は……約198,053円(220,059×0.9=198,0531)
- 85歳~の月平均支出額目安は……約186,994円(207,772×0.9=186,994.8)
- ⇒65歳から85歳までにかかる生活費総額の目安は約5,630万円
※こちらの計算は簡易的な方法を用いております。ライフプランに基づき、何十年分という家計のキャッシュフロー表を作成すれば、より正確な計算が可能です。
参照:総務省 家計調査2022年(令和4年)世帯主の年齢階級別
医療費
医療費についても家計調査で平均値がまとめられていますが、個々の体質や持病による差異が非常に大きい要素であるため、ここでは厚生労働省が発表している「生涯医療費(2010年度)」を目安に見積もりましょう。
厚生労働省の調査によると、一生涯にかかる推定医療費は総額2,400万円ですが、その半分ほどは高齢期にかかる見積もりとなっています。
65歳以上にかかる医療費の推計値を表にまとめました。
年齢区分 |
推定医療費 |
65~69歳 |
193万円 |
70~74歳 |
252万円 |
75~79歳 |
292万円 |
80~84歳 |
298万円 |
85~89歳 |
271万円 |
90~94歳 |
159万円 |
95~99歳 |
59万円 |
100歳~ |
12万円 |
※推定医療費=年齢階級別の1人あたり国民医療費に完全生命表(平成22年)の定常人口を適用して推計
総額推定医療費は65歳から84歳までで445万円、65歳から99歳までで総額1,529万円が必要になる計算です。
参照:厚生労働省 生涯医療費
介護費
介護費については、生命保険文化センターが発表している「生命保険に関する全国実態調査(2021年度)」の内容を基に見積もります。
こちらは介護経験がある方を対象とした調査であり、その平均値を表にまとめました。
在宅介護の平均費用 |
月額4.8万円 |
施設介護の平均費用 |
月額12.2万円 |
介護に要した平均期間 |
5年1か月(※4年以上が約5割) |
介護期間は4~10年以内の方が31.5%と一番多く、また健康寿命と平均寿命の差が約10年であることから、例として10年の介護期間を想定して見積もってみましょう。
在宅介護の場合は、総額で約576万円。施設介護の場合は、総額で約1,464万円がかかる計算です。
参照:生命保険文化センター 2021(令和3)年度 生命保険に関する全国実態調査
一般的に必要とされる老後資金は約3,000万~4,800万円
ここまでにご紹介した65歳から85歳ごろまでにかかる生活費、医療費、介護費の平均をまとめて見てみましょう。
生活費が二人以上世帯の平均値であるため、医療費や介護費は2倍した金額を表記しています。
生活費 |
6,250万円 |
医療費 |
890万円 |
介護費 |
在宅:1,152万円 施設:2,928万円 |
総額 |
8,292万~10,068万円 |
65歳以降の収入が年金のみだとして、令和3年度の夫婦2人の平均受給額は月額220,496円。
年間264万円として、65歳から85歳までに5,280万円の年金がもらえたとしても、約3,000万~4,800万円もの金額が足りません。
預貯金はもちろん、保険商品や投資商品などを駆使して、不足額を埋める対策を取る必要がどこの家庭においても必要です。
老後資金の準備はいつから始める?年齢別、老後資金への考え方とは
結論からいうと、老後資金の準備は早く開始できればできるほどよいでしょう。
同じ金額を用意しようとしたとき、かける期間が短ければ短いほど選べる方法が少なくなり、多くのリスクや我慢を強いられるためです。
なるべく安全に無理なく老後資金を貯めたいのであれば、今すぐに準備を始めましょう。
ここでは65歳までに3,000万円を貯蓄すると仮定して、おすすめの資産形成方法を年代別にご紹介します。
【20代】おすすめの資産形成方法と目標額
たとえば25歳から老後資金の準備をはじめるとすると、65歳までには40年という期間が残されているため、長期運用による確実な資産形成をおすすめします。
ただし40年の間には物価が大きく変わることも予想されるため、年1.0%の物価上昇を見込み、65歳までに4,200万円まで貯めることを目標にするのが理想です。
今すぐに始めたいおすすめの資産形成方法としては、「iDeCo」や「つみたてNISA」があります。
家計が安定するまでは安定性が高く始めやすいこれらの方法で地道に資産形成し、余裕が出てきたらそのほかの投資商品や貯蓄性のある保険商品に目を向けるのがよいでしょう。
【30代】おすすめの資産形成方法と目標額
35歳からの準備開始を想定した場合、65歳までの貯蓄目標額は3,900万円(※物価上昇見込み:年1.0%)です。
65歳までまだ20年以上の期間があるため、20代と同じく長期運用向きの「iDeCO」や「つみたてNISA」はおすすめです。
そのうえで30代も後半になってきたら、老後資金のために貯蓄性のある「保険」を契約するための準備を始めたいところ。
現時点で貯金が思うように進んでいないようであれば、一度家計を見直して、資産運用資金を用意しましょう。
【40代】おすすめの資産形成方法と目標額
45歳からの準備開始を想定した場合、65歳までの貯蓄目標額は3,600万円(※物価上昇見込み:年1.0%)です。
「iDeCO」や「つみたてNISA」を始めるのなら、40代がギリギリのタイミングだといわれます。早いうちに、なるべくMAXの金額で運用を始めましょう。
「個人年金保険」も40代のうちに契約を結ぶのが、保険料の関係からおすすめです。
iDeCoやつみたてNISA、個人年金保険の掛金を差し引いてもコンスタントに貯金を貯められるだけの余裕があるのなら、新たに「投資」を始めてもよいかもしれません。
【50代】おすすめの資産形成方法と目標額
55歳からの準備開始を想定した場合、65歳までの貯蓄目標額は3,300万円(※物価上昇見込み:年1.0%)です。
まず「iDeCo」は資産を増やすための方法としてはあまり魅力がなくなってしまいますが、節税効果は得られるため、50代から始めることも検討してみてください。
「つみたてNISA」も開始から最長20年にわたって運用益が非課税となるため、ほかに似た投資を始めるのであればつみたてNISAは十分、見当候補になるでしょう。
保険に関しては、そろそろ万が一の病気や怪我、手術などに備えた手厚い「生命保険」の準備が必要になってきます。
50代時点で65歳までに十分な老後資金を貯められそうにないと感じる場合には、生命保険選びを軸に不足分を埋める方法を検討しましょう。
まとまった貯金があるのであれば、「投資」もおすすめです。
【定年後】おすすめの資産形成方法
定年した時点で貯蓄が足りなく感じるようであれば、的確な対策が必要となるため、まずは20~30年分のキャッシュフロー表を作りましょう。
万が一、赤字が継続して発生し、貯蓄を使い果たしてしまう結果となった場合には、早急に対処する必要があります。
家計を見直して節約できるところは節約し、それでも足りない場合には、まずは改めて働き始めることを検討しましょう。
さらに足りない金額は現在の資産を運用して、まかなう必要があります。
ただし株式投資や不動産投資といったリスクが比較的高く、運用知識が必要な投資に手を出すことはあまりおすすめできません。
「国債投資」や「つみたてNISA」など安定性が高い方法を選ぶのが無難です。
老後資金の貯め方に迷ったら!資産形成方法を一つ一つ解説
資産形成方法には、預金や投資だけでなく、保険商品の利用などさまざまあります。
ここではそれぞれの方法について、メリットやデメリットを分かりやすくまとめました。
現在の状況や必要な老後資金額と照らし合わせて、自分に合った資産形成方法を見つけましょう。
普通預金(+節約)
ひと昔前ならば、「普通預金」をしながら必要に応じて「節約」をして貯蓄するというのが、老後資金の貯め方としてはオーソドックスでした。
お金を銀行に預けておくだけなので特に運用知識もいらず、口座開設さえ済ませれば誰でも簡単に利用できるのは大きなメリットでしょう。
しかし現在の普通預金金利は高くても0.1%前後のため、普通預金だけでは資産を増やすための助けにならないのが現実です。
節約に関しても、物価は上昇するのに対して収入は伸び悩んでいる現代日本においては、なかなかスムーズにいかずに悩んでいるご家庭が多いでしょう。
定期預金
いつでも自由に引き出せる普通預金と異なり、「定期預金」では1年なら1年というように預け入れ期間を定めたうえで預金をします。(※中途解約は可)
自由度が下がる分、普通預金に比べて高金利であるのがメリットです。
しかし高金利なのはあくまで普通預金と比較した場合であり、5年定期でも高くて0.3%前後しかありません。
資産を増やすためというよりは、「無駄遣いをせず効率よく貯金するため」に利用する方が多い傾向にあります。
保険
怪我や病気など万が一に備えるために用いられる「保険」ですが、掛け捨て型ではなく貯蓄型の保険を選べば資産形成にも利用できます。
貯蓄型保険とは、解約返戻金や満期保険金の付帯がある保険のことを主にいいます。
一部の保険以外は、基本的に契約時点でもらえる金額が分かるため、ライフプランを立てやすいのがメリットでしょう。
ただし掛け捨て型の保険に比べると、貯蓄型保険は保険料が高くなる傾向にあります。
家計に余裕がないなかで無理に契約しては、早期解約しなくてはいけなくなり、「思ったより保険金がもらえなかった」といった結果にもなり得るでしょう。
個人年金保険
「個人年金保険」もまた保険の一種ではありますが、より老後資金の貯蓄向けに作られた保険であるため、別途まとめました。
個人年金保険ではその名前のとおり、公的年金に年金を上乗せする形で保険金を受け取れます。(※商品によっては一時金としても取得可)
一般生命保険料控除とは別枠で個人年金保険料控除の対象にもなるため、ほかにも生命保険を契約する場合には、節税効果を高められます。(※控除対象の条件あり)
年金の上乗せ方法としては「iDeCo」もありますが、個人年金保険の場合は保険の役割を持つ分、コストは高くなりやすいでしょう。
年金を増やすだけでよいのか、万が一の備えもほしいのかを検討しましょう。
投資(株式、不動産、債券など)
ゆくゆく利益を得られるであろうものに先んじて資金を投じ、運用益を得ることを「投資」といいます。
投資にはさまざまな種類がありますが、ポピュラーなところでは「株式投資」「不動産投資」「債券投資」「FX」「暗号資産(仮想通貨)」などが挙げられるでしょう。
投資先によってそれぞれメリット、デメリットがありますが、ほかの資産形成方法よりも大きな利益を得られる可能性があります。
反面、投資におけるリスクとリターンは一般的に比例するため、大きな利益を得るためには運用知識をしっかりと身に着ける必要があるでしょう。
簡単に多額を稼げると考えることは、絶対に避けなくてはいけません。
投資信託
「投資信託」もまた投資方法の一部ですが、一般の投資とは大きくイメージが異なるため、別途まとめました。
投資信託は「信託」とあるとおり、お金の出資はしますが、運用自体は専門家に依頼できるのがポイントです。
自分の力だけで投資を始めるケースに比べると、多くの運用知識を必要としません。
複数人の資金をまとめたうえで専門家が運用する形式になるため、信託先によっては月数百円から気軽に始められるのも大きなメリットです。
ただし、一般的な投資に比べると手数料がかかりやすいほか、まったく運用知識がなくてよいという訳ではありません。
まったく知識を持たずに「なるべく利益が出る方法で」と安易にハイリスクな運用方法を依頼しては、大きく損をする恐れがあるためご注意ください。
老後資金の悩みで困った際、相談できる専門家一覧
老後資金の悩みと一口にいっても、内容はさまざまでしょう。
ここでは困ったときに頼れるおすすめの相談先を一覧でご紹介します。ぜひご参考ください。
まず老後資金の準備における問題点が把握できていて、自分に合った対策に検討が付いている場合には、以下の相談先がおすすめです。
- 定期預金を始めたい…銀行
- 投資を始めたい…銀行、証券会社
- 保険を契約したい…保険会社、保険代理店
一方、「このままではまずいのは分かるけど、どこから手を付けたらよいのか分からない」という方もいるでしょう。
そのような場合には、家計相談のエキスパートであるFP(ファイナンシャルプランナー)がおすすめです。
FPであればご家庭ごとの状況およびご希望に沿って、どのような対策が必要かを具体的にアドバイスできます。
自分やご家庭に合った老後資金の準備方法について幅広く知りたいのであれば、ぜひFPのご利用をご検討ください。